来た時と反対側に数分歩いて左に曲がると、前にぼくが休んだ川沿いの小さな公園にでる。
左側に聖橋が見える。
ぼくのバイクもこの近くの路地に止めていた。
「少し休もう」
ぼくは茉莉とベンチに座った。
柳のおかげでベンチの周りは少し翳りが出来ている。
病院を出た頃から強い陽射しがもどってきていた。
水面にはさっき見た時とは違い、水草が一面に広がっていた。

ぼくはさっきの感情をまだ引きずっていた。
苛立ちはぼくの中で変な方向に歪んでいく。
そんなぼくの目の前に紙コップが差し出された。
「T君、おかしいよ」
ぼくは紙コップを受け取る。
「ね・ねぇ・・」
「なに?」
「あ・あのく・薬・・・」
「うん・・」
「あ・あれからま・また買ったんや」
ぼくは茉莉に何故言ってしまったのか自分でも分からなかった。
自分の中でぶすぶす燻り消化できずにいるものを、みんな吐き出したかったのかも知れない。
茉莉はゆっくり視線をぼくから外した。
薬の事を言ってしまったぼくはあきらかに興奮状態に陥っていた。
そして更に言葉を続けようと茉莉をみた。
しかし言葉が出ない。
口を開けたままもがいている。
上手く空気が吸えずに息がしにくい感じがした。
その時、ぼくの頬が鳴り痺れるような痛みがはしった。
その痛みはぼくの中にある苛立ちや焦りを、押し潰すような冷たさをともなっていた。
「しっかりしなさい!」
一瞬にして我に返ったぼくは暫く訳もわからずに茉莉の顔を見ていた。
ぼくはポットを取ると、一気に飲み干す。
冷たい液体がぼくの身体の隅々に沁み込んでゆく。
自然に溜息が漏れた。
「大丈夫?」
「ご・御免」
「謝らなくていいよ。T君は謝り過ぎ。そんなに薬を買った事が気になってたんだ」
「・・・・・・・・・」
「あれだけの数を飲んでたんだからね。すぐに止めるのは無理だとは思ってたんだ・・でももうすぐ販売されなくなるんだし、それだけ薬が病院から出てるじゃない。その薬を信じないと」
ぼくはさっきもらった白い袋に眼をやった。
・・・そうなんや・・ぼくはアホや。もうあの薬はなくなる。不安に思ってもその現実を変える事はでけへんのに・・・
「T君は弱いんだね・・・私も偉そうな事は言えないけど」
茉莉の言葉が胸に刺さる。
普通ならそのように言われると、意地になって突っ掛かっていくのに・・・茉莉にあの発作を見られたからだろうか、不思議に腹がたたなかった。
それでも心の中ではどこかで反発している部分があった。
そしてそれはぼくがまだ神経症だという事を100%納得していないという事だった。
「よ・弱いってま・茉莉さんが?」
「弱いよ。突っ張って突っ張って生きてるけど・・・弱いんだ」
そう言って寂しそうにぼくを見て笑った。
「ま・茉莉さん?」
「見せてあげようか」
「な・何を?」
「私の弱さの一部分・・・これってT君と同じレベルかな・・・」
茉莉は穏やかに言ったが、いつもとは違って少し緊張してるように見えた。
しかし何を見せるというんだろう。
心の中の弱さをどうすれば分かるように表現できるのだろう。
『弱い』という言葉だけではとても理解はできない。
それは今のぼくが一番分ってる事だった。
茉莉はしばらく下を見ていた。
茉莉を覆っている緊張感がふくらむ。
そう感じた時、ぼくは茉莉を止めようとした。
・・・かめへん、そんなんぼくに見せんでええから・・・
しかしその言葉をぼくは言えなかった。
伝わってきた緊張感を抱きしめたまま、ぼくは茉莉を見つめていた。


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