それまでそよとも吹かなかった風が柳の枝を静かに揺らした。

茉莉は自分を納得させるように小さく頷くと、麻の上着をゆっくりと脱いだ。
陽にやけていない両腕が露わにされる。
その瞬間、ぼくは言葉を失った。
最初はその病的とも言える白い肌に驚いたのだが、同時に腕の付け根から肘の上までにはしる茶褐色の火傷後が眼に飛び込んできたからだった。
「触ってみる?気持ち悪いものね・・・」
「い・いや・・・」
震えながらぼくの人差し指が茉莉の肌に触れた。
茉莉の腕が微かに硬直する。
ぼくの指先がざらついた皮膚の上を数センチ動いた。
とても肌とは思えない感触だった。
それと蝋のように白い肌とが違い過ぎる。
「火事だよ・・小2の時にね。逃げる時に溶け掛けたプラステックが張り付いてね・・」
「ま・茉莉さん・・・」
「熱傷度2・・・これでも綺麗になったんだよ・・・逃げなければもっとね・・」
「に・逃げるって・・」
「火傷が落ち着いたらケロイドの部分をこそげ取るんだ。麻酔もなしで。その時の痛みはとてもじゃないけど耐えれらなかった・・泣き叫んで・・それで・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「小さい時はいいけど・・そのうちね。見られたくなくて長袖を着て・・それが何時の間にか当たり前になっちゃった。」
ぼくは何も言えずに傷跡を見ていた。
「T君、でも誤解しないでね」
「え?」
「私が弱いといった事・・それって傷跡があるからって意味じゃないよ。治療から逃げ、そして今は長袖を着て隠してる・・そんな自分の心だよ」
茉莉の言葉はぼくの胸をえぐった。
「だから私はT君の事をえらそうに言えないよ」
その言葉の後、ぼくたちの会話が途切れた。
うつむき加減に前を見ている二人の上を風が緩やかに流れていく。
その中に乾燥してきた土と青草のむせるような匂いが含まれていた。
・・・何か言わないと・・・
しかし気ばかりが焦って言葉が口から出てこない。
茉莉はこの火傷の事を弱さの一つだといった。
ぼくのレベルとも・・
しかしそれは本当の事だろうか・・・
ぼくにはこの時、まだ茉莉の傷の深さをはかり知る事ができなかった。
小さく茉莉が笑う。
・・・?・・・
「当たり前だけど気持ちがいいね」
「え?」
「家以外で腕を外に出したのは・・・もう10年にもなるのかな?こんなに気持ちが良かったんだね。風がとても気持ち良い。」
そう言ってぼくを見た茉莉の目が潤んでいた。
始めて見た茉莉の涙。
ぼくはこの時ほど茉莉を抱きしめたいと思った事はなかった。

さらに風が強く吹いた。
柳の枝が大きく揺れる。
強く想い、強く願っているはずなのに、この時ぼくは茉莉を抱きしめる事ができなかった。


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