容赦のない陽射しが今までの鬱憤をはらすかのようにアスファルトの道を照らしていた。
遠慮ない蝉の声がじりじりした暑さに拍車をかける。
あっというまの季節の変化はぼくの皮膚に心地よい刺激を与えながらこれでもかと入り込んでくる。
ぼくはバイクを止め、あの春の日に風と遊んだベンチに腰を下ろした。
濃い緑をまとった柳はぴくりともしなかった。
相変わらず淀んだ水面には花びらのかわりに水草が浮かんでいる。
ぼくの手には二週間前に書き上げた『青春の神話』のコピーと一冊の本があった。3日前にA講師から短い感想と作品のコピーが送られてきたのだ。
あの講義以来A講師は大学には顔を出していない。
大学を辞めるという噂もあった。

水面を見つめながら大きく息を吸った。
A講師からの感想はぼくにとって辛いものだった。決して否定はされてはいない。
それより人物設定とかストーリーの展開などは褒めてくれている。
ぼくが辛いと思ったのは、
「内容そのものは此れでいいと思う。ただ主人公が何故動かないのか再考を!」
主人公が動かないのが気持ち悪いと・・・最後に書かれたこの部分だった。
この一文は○○出版社のAさんの言葉を思い出させた。
「また主人公か・・・」
あの時ぼくと別れぎわに「主人公のイメージはこのままで書いていくの?」と言われたのだ。
ぼくはその言葉の意味がよく分からなかった。
「主人公の書き方?何なんだろう・・・」
ぼくはその時、「謎」として残しておいたが、またそれが関わってくるとは。
何度も読み返したが答えは出なかった。
ぼくはどうしても知りたくて、Aさんを訪ねたのだった。

Aさんはぼくを喜んで迎えてくれた。
ぼくは作品のコピーをAさんに渡し、A講師の言葉を伝えた。
Aさんは機嫌よくぼくを見て、
「作品は読まなくていいよ。A講師の言葉の意味が分かるからね」
「い・意味がわかる?」
「うん、きっとぼくとおんなじ事を言われてるんだと思うよ」
「そ・それは?」
勢い込んで身を乗り出したぼくをAさんは優しく見、そして楽しそうに笑った。
「・・・・・・・・・!」
「ぼくが答えを言っても理解できないんじゃないかな?」
「こ・答えをき・聞いてもですか?」
「うん、きっとね・・・ちょっと待ってて」
そういうとAさんは席をたった。
ぼくは何が何だかわからなかった。
何故答えを聞いても分からないんだろう・・・いったいぼくは何を失敗してるんだろう。
ぼくはコピーの表紙を見ながら紙コップのコーヒーを飲む。
ざらついた苦味がぼくの中の苛立たしさを更に煽った。
この作品を書いた時、どんな評価を受けてもいいと思っていた。
しかし・・・主人公が動かない・・それは作品の良し悪しなどではなくもっと根本的な問題だ。
知らずに握っていた手を開く。
クーラーの良く効いた部屋なのにぼくの手はじっとりと汗をかいていた。


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