今まで散文を書くときに主人公の顔を想像しながら書いた経験はなかった。
散文にしてしまおうか・・・
ぼくの中で弱気の虫が動き出す。
しかし映像を無視して書くというのは逃げの姿勢だし、これからのことを考えれば意味のないように思われた。
ぼくは唇を噛んだ。
ストーリーの中で何らかの表情は浮かんではいる。
ぼくはいったん考えるのを止めると、後ろに身体を倒した。
ト書きと台詞。。
心情的な事は書かない。
監督が読んでどう理解するかはライターの力量にかかっている。
もちろん事前の話し合いはあるとはいえ・・・
読んだだけでライターの気持ちを理解させる事・・・そんな事が実際に可能なのだろうか。
ため息がもれた。
その時ぼくの中で一つの思いがよぎった。
「女優へのラブレターと言われ、その言葉に捉われすぎたのではないか・・・」
A講師が言いたかったのは女優という素材に対しての気持ち・・・それに対してのラブレター。
という事は・・・
自分の思い入れをどこまで表現できるかという事・・・女優というのは一つの対象に過ぎないのではないのか。
映画、映像をまだ十分に理解してないぼくへのメッセージ。
裂けた気がした。
ぼくの中の拘り。
拘りなく自由に・・・自由に物語を紡ぎあげてゆくこと。
それがぼくのシナリオ。
そしてその先にあるのがぼくが求めているもの。
ぼくは身を起こした。
身体中の細胞が崩れ、そして再生してゆく。
その沸き立つ感情は一人の姿を追っていた。
今度はぼくの中にあったストーリーがぼやけた。
そしてゆっくりカメラのピントが合うように一人の女性が浮かび上がってきた。

カラン・・・
グラスの中の氷が鳴った。
雨はまだ降り続いている。
先程までの蒸し暑さが肌寒さにかわっている。
しかしぼくの腕はうっすらと油が滲んだ様にひかっていた。
100枚ちかい原稿用紙。
この小品がどのように評価されるか分からなかった。
ただどのような評価を下されるにしろ、今回の作品は一つのスタートになった気がする。
あと数行で終わる。
書きたいと思い、行動にうつしてからまだ5日しかたっていなかった。
早いほうだと思う。
ぼくはゆっくり鉛筆をおいた。
最後の句読点を打ってから、ぼくはカーテンを開き窓をあけた。
夜明け前の空気が淀んだ部屋に流れ込む。
雨が少し強くなっていた。
雷鳴がする。
もうすぐ梅雨があける。
カラン・・・
グラスの中の薄くなった琥珀色の液体に、氷が最後の抵抗をして溶けていった。


BACK あああ あああ NEXT