風がそよいだ・・
柳が揺れる。
東京は大阪より緑が多い。
街を見れば分かる事なのに、そんな身近にある風景にも目がいっていなかった。
「何を焦ってたんだろう・・」
バイトとか生活の事ばかりに気持がいっていて、自分を見失っている。
○○出版社でバイトしながら気持ちよく学生生活を送る・・そんな事ばかり思っていた。
どんな仕事でもいい、バイトなら幾らでもあるはずだ。
もう一度、東京での生活について考えないと・・
そう思いながらぼくはベンチから立ち上がった。

風はどこでも吹いてるんだな・・・
突然湧いた思い。
心のなかのうごきは自分でも分からなかったが、これから生きていくなかで大切なキーワードのように思われた。
それにしてもAさんが別れ際に言ったこと・・あれはどういう意味なんだろう。
主人公の描き方・・
あきらかにAさんは何か言おうとしていた。
自分で気づけってことか・・
今日の話の中でたくさんのアドバイスをもらった気がする。
それを見つけていかないと・・今のぼくでは通用しないってことなんだから。
「・・・これからや」
心の中で何度も繰り返した言葉。
それを初めて口にだしていってみる。
やわらかな風がぼくの身体を通り抜けた。


ゆっくり歩いてようやく聖橋につく。
現実の問題として、アルバイトのことは頭にはあったが、今日は今までの桎梏から久しぶりに解放された気分だった。
ぼくは橋の上から覗き込むように澱んだ水面を見つめた。
・・・少しずつ、少しずつ。
そう自分に言い聞かせる。
大きく息をすった。
少し湿った匂いが胸にひろがる。
その匂いは遠い記憶のなかにある懐かしい風景を思い出させた。
ゆっくり顔をあげる。
風が少し冷たくなってきた。
歩きだしたぼくの目に一人の女性がとびこんできた。
さっきのぼくのように川面をみつめ、やがて前方に目を向ける。
綺麗な横顔だった。
いや、それよりも長い髪に目が奪われる。
その人は弄んでいる風などどうでも良いように髪をなびかせていた。
その人に近づく。
そして通り過ぎようとした時、髪が踊った。
風の悪戯。
ぼくの頬にふれた髪。
その時ぼくの中の風が止まった。


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