JR御茶の水駅までの途中でぼくはベンチに座った。
風が心地よかった。
春独特のときおり強く吹く風も、今日は何故か優しく感じられる。柳の新緑が目にしみた。
澱んだ水面に櫻の花びらが無数に浮かんでいる。
花びらは流される事もなく、風の悪戯にただ身をまかせているように見えた。

「料理人か・・」
Aさんの言葉がよみがえる。
「良い食材があっても調理する者が未熟だったらろくな料理にはならないだろ。君の作品はそうだったんだよ・・それに、その素材に満足してしまったね。」
ぼくは頷くよりしかたなかった。
他人からの指摘、それに対しては何時も聞く耳をもたないぼくだったが、Aさんの言葉は素直に入ってきた。

何度かAさんは席をはずしている。
多忙だというのにもう2時間近く相手をしてくれていた。
ぼくはちょうど話がきれたところで立ち上がった。
「帰る?」
「はい。ありがとうございました。」
「うん・・」
Aさんはメモ用紙をぼくにくれた。
「N大の先輩方だ。アルバイトしないといけないんだろ?君の思い通りの仕事はないかもしれないけど、力になってくれるよ。行くんだったらまずぼくに連絡して」
ぼくはもう一度頭を下げる。
何時の間に用意してくれたんだろう。その心使いに涙が出そうだった。
そんなぼくに一呼吸おいてから、
「迷ったんだけどさ・・」
「はい?」
「主人公ね・・君の作品の・・」
「主人公ですか?」
「うん・・・2作とも同じ事がいえるんだけど、これからもあのイメージで書くの?」
「まだそこまで考えてはいないんですけど、何かありますか?」
「・・・いや・・いいんだ。じゃ、また顔を見せてよ」
そういって背を向けたAさんを追いかけたい。
そう思ったが、ひとつの謎として残してもおきたかった。
「これからやもんな・・」
ぼくはAさんの歩いていった方にもう一度頭を下げた。
そして心のなかで何度もつぶやく。
「これからや・・」
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