浅い眠りの中でぼくは夢を見ていた。
・・・校庭?・・そう中学の校庭だ・・・
朝礼なのだろうか。
全校生徒が参加している。
ぼくは列の一番後ろに並んで立っている。
・・・一番後ろ?・・・なんで一番後ろなんや・・・
その時、「前にならえ」の号令が聞こえた。
ぼくは両腕を腰にあてようとして、慌てて腕を前に上げようとした。
しかし腕が上がらない。
・・・「早く、早く上げんと・・・」・・・
力を入れ上げようとする。
・・・「な、なんで上がらへんねん」・・・
ぼくは懸命にもがく。
訳の分からない不安に押し潰されそうになった時、
ストーンと深い崖から落ちるような感覚があってぼくは眼を覚ました。
胸と額に脂汗をかいていた。
ぼくは大きく深呼吸をすると水を一口含んだ。
ようやく夢からの動揺が治まってくる。
まだ夜明け前だった。
もう一度大きく息をしてから横になる。
「おかしな夢や・・・これも『沈黙』のせいやろか」
ぼくは昨夜遅く『沈黙』を読み終えた後の静かな興奮を思い出していた。
寝たといっても僅かな浅い眠り。
それなのに眠気はまったくなかった。
「・・・ぼくは何時から強いと錯覚するようになったんやろ」
背が低く、身体が極端に弱かった小・中学時代。
しょっちゅう風邪をひいていた。
風邪から急性腎炎になったこともある。
病気で学校を休んだ時、ぼくは熱からくる気だるさの中で何時も天井の桝目を数えていた。
天井をみつめながらぼくが想像していたのは、自分自身が強くなっている姿だった。
空想の世界で遊び、偽りの強さに酔っていた。
小説もよく読んだ。
そんな中で曲がったプライドだけが膨らんでいった。
実際には何も出来ないのに、頭だけが大きくなって・・・
「高校に入ってからやな・・」
ようやく入れた公立の高校。
入学した当初は相変わらず背も低かったが、二、三ヶ月経つうちに信じられないほどの食欲が出てきた。
今まで食欲というものを感じた事のなかったぼくが、初めて空腹を覚えたのだ。
八ヶ月程でぼくの身長は15センチも伸びた。
同時に風邪もまったく引かなくなった。
ぼくの中で何かが変わり始めた。
空想が本当になった・・・ぼくの中で喜びが弾けていた。
背が伸び、健康になった事がこれほど大きな影響を与えるなんて・・・
ぼくは自信をもつようになった。
しかし、それが心の闇にある深い落とし穴に続いていようとは、その時は思いもしなかった。

ぼくは起き上がるともう一口水を飲んだ。
次第にしらんでくる闇を見つめながらぼくはある種のパニックに陥っていた。
強い事と弱い事・・・
ぼくの中にあった『強い』『弱い』の観念がまったく分からなくなってしまっている。
「主人公が動かない・・・当たり前やったな・・・」
ようやくその答えにたどり着いたというのに・・・
ぼくはゆっくりと身体を倒した。
「とにかく次の対面治療までにあの作品の手直しだけはしとかんと・・・」
その作業が終わらないうちは、はっきりとぼくの中で『答』として出せない気がした。
「まだまだやな」
二重になっているカーテンにようやく朝の光が当たりはじめていた。
その光を強く見つめながらぼくはようやく襲ってきた眠気に身を任せた。


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