ぼくはゆっくりと目を覚ました。
背中に前にも感じた事のある痛みを感じる。
それほどの痛さでもなく、酒を飲むうちに消えてしまう程度だったが・・・
少し汚れた天井が目に入った。
『此処はどこなんだろう?ぼくは・・・あの時・・』
意識を失う時に香った微かな甘い匂いで茉莉を感じた。
ぼくはゆっくりと窓の方に目を向けた。
茉莉は窓のブラインドを開けたり閉めたりしている。
ぼくは身体を起こそうとして、左腕に刺さっている針を引っ張ってしまった。
点滴されてるなんて気づかなかった。
その音で茉莉がぼくを見る。
「T君・・」
「あ・・ぼ・ぼくは・・・」
「一日寝てたわ・・・」
茉莉が何かを云おうとしてぼくの方に来ようとした時、ドアが開いた。
「起きたね」
そう云うとぼくの傍に白衣の男性が座った。
すぐに点滴の針を抜く。
脈に手をあてながら
「それにしてもすごい量を飲んだんだね・・すごい血中濃度だった。」
ぼくは力なく頷いた。
「自殺じゃないようだから警察には連絡しなかったけど、あの量は異常だよ。」
脈から手をはなし、その医師は茉莉を見た。
「私のお客さんでDさん。・・此処しか連れて来るとこ知らないし・・・産婦人科だから迷ったけど」
茉莉は何でもないように云った。
「うーん・・お客・・・」
そうD医師は笑って云うと、
「今日もう一日泊まったほうがいいね。それと此処に来た時はもう薬を吸収してしまってたから胃の洗浄ができなかったんだ。大丈夫だとは思うけど、一度内科で検査した方がいいね。それとあの薬は止めたほうがいい・・もう依存しているんだろうけど、副作用が怖いから。・・・それからねあの薬は製造中止になるはずだよ」
「製造中止ですか・・・」
ぼくの聞き方によほど慌てた感じを受けたのだろう。
D医師の顔色が少し変わった。
「内科よりそっちか・・」
「飲まないと不安かい?」
「・・・は・はい」
「帰る時に安定剤は出すけど、一回一錠で一週間分。後は専門医のところに行ったほうがいい。」
「し・神経科で・ですか?」
「そう」
「あ・あの・・・や・やっぱり、し・神経し・症な・なんですか?」
「やっぱりって・・ねぇ、ほんとは自分でも分かってるんじゃないの?認めたくないんだろ?」
ぼくは何も云えなかった。
小さな発作がこれまでに何回かあったが、神経症という名の病気から目をそらせている部分があった。
認めるのが辛かった・・・『ぼくが弱いって事じゃないか・・・』
うな垂れてるぼくの肩に茉莉が手をのせた。
「病院に行こ・・知ってるところに神経科もあるから・・」
「じゃ・・茉莉ちゃん・・」
「うん、ありがと・・・ちゃんと会計して帰るから」
「きっちりね・・また遊びに行くよ」
D医師は笑っていうと病室を出て行った。
「元気だしなよ。良くなるって・・・それと昨日は御免」
茉莉の存在が嬉しかった。
でもこれからどうなるんだろう。どうなっていくんだろう。
ぼくはまだ夢を追い続けることができるんだろうか。
このまま終わるのはたまらなく嫌だった。
クーラーの効きが弱い病室。
今年の夏は辛い季節になりそうだった。


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