驚いたぼくはしばらくB講師の顔を見つめていた。
B講師はもう一度悪戯っぽく笑うと
「たいした事じゃないよ・・ぼくも最初に脚本を書いた時に悩んだからね。それに今ぼくが言う事を聞いてもすぐに実践できる訳でもないし・・役に立つと思ったら覚えといて」
「は・はい」
「君の好きな女優さんにラブレターを書くんだよ・・・それだけ。」
「は?」
そこでB講師は大声で笑った。
「簡単だろ」
ぼくは講師がからかってると思った。
「好きな女優さんにラブレター・・・シナリオを書くんだよ。その人を輝かせるために、どんな人生にする?どんな恋をさせる?」
「あ・・・」
「これは自慰じゃない・・その女優さんのいいところを上手く引き出して、物語をつくる。まさにその女優さんへのラブレターだ。そしてそのお相手は・・・とりあえず君かな?」
そういうとB講師は時計をみた。
「こんな時間か・・じゃ、できたら教務課で連絡先を聞いて・・・仕事が入ってね」
ボーと聞いていたぼくは講師の「仕事」という言葉で我にかえった。
「し・仕事ですか?」
「・・・・・・・・・うん、どうしても引きずり出したいみたいだよ。後、名前もね」
講師は苦笑した。
その表情はさっきぼくと話してた時の顔と違い、寂しげに見えた。
窓外に眼を向けた講師は振り返ろうとしなかった。
「帰ります」
「うん・・散文形式で書いたものは授業とは関係ないから期限は気にしなくていいよ。」
ぼくはその後姿に頭を下げた。
「ラブレターか・・たいした事だよ。」
真似事でもシナリオを書いてみようと机に向かっても、小説とシナリオがごっちゃになってどうにもならなかった・・小説とシナリオがこんなに違うとは。
「ラブレター」・・ぼくの胸は躍っていた。とっかかりになりそうだった。
それにしても、B講師との授業は今日で3度目だ。
それなのにどうして…
B講師は無口でとっつきにくい人だと聞いた。
仕事が入ったと言ってはいたが、現役からはもう離れているはずだった。
復帰するのだろうか・・入学してまもないぼくだったが、何かどろどろした物を感じていた。

ようやく東京での生活に慣れつつあった。アルバイトと授業との時間の関係で、すこし睡眠不足だったが、なんとかなりそうだった。
「後は神経か・・」
今はなんとか騙してはいる。
どもる事と赤面症。そして時々襲ってくる胸部痛。
騙しているとはいってもそれは薬に頼っているということにほかならない。
飲む量も増えていた。
辛いことには違いなかった。
ただその事ばかり気をとられないことがぼくの場合良かったのかもしれない。


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